ローマ帝国は4世紀後半衰退をはじめ、ヨーロッパは幾つもの王朝が勃興しては争う時代となりました。その後ルネサンスまで、菓子作りにおいてローマのような躍進的な創造はあまり見られません。また、この時代は都市構造や家屋整備の面でも停滞が見られ、一般の家々にオーブンを備える事は許されず、柔らかなパンや菓子生地を焼ける大きなオーブンは、各地の修道院や教会、荘園の領主などが所持していただけでした。
オーブンの使用料として、卵や蜂蜜、チーズなどを納める事が求められ、これは封建制度における弊害になった反面、納められた材料を用いての菓子製造の専業化が進み、結果的にローマ時代に培われた菓子の製造技術が途切れず受け継がれていく要因となりました。
また、修道院や教会によるキリスト教の行事や祝祭日のための菓子の製造は、フランスの「ガレット・デ・ロワ」や「オスティ」などの宗教菓子を経て、クリスマスや復活祭など、後年ヨーロッパにおけるキリスト教の行事を彩る様々な菓子の発展へとつながっていることを考えると、人々の努力が、現代までその流れを伝えていることが良くわかります。
