十字軍のもたらした文物は砂糖だけでなく、ヨーロッパの菓子作りに様々な影響を与える事となりました。小麦の育たない寒冷地でも栽培できる穀物であるソバも、十字軍によってヨーロッパにもたらされたもので、フランスではサラザンと言われています。中世、アラブ諸民族を指すサラセンに由来した名だと考えられており、現代でもクレープなど様々な菓子に利用されています。また、フランス南西部に伝わる「パスティス」とモロッコに伝わる「パスティリャ」や、オーストリアの「シュツルーデル」とトルコの「バクラヴァ」の形の類似などから、広い範囲での交流があったとも考えられている。
中世は食文化の暗黒期とも言われていますが、基本がローマ時代にほぼ完成していた各種の焼き菓子には、砂糖やリキュールなどによる更なる工夫の素地が用意された時代ともなりました。さらにインド原産のオレンジやレモン、中国原産のアプリコットなどがイスラム世界を経由し、さらに十字軍により運ばれ、砂糖の広まりとともに砂糖漬けにされた果実が、食後のデザートとして用いられるようになり、糖菓としての確立につながる事となりました。そして、ブドウ酒や果実のジュースを入れた容器を、塩を混ぜた雪や氷の中で撹拌するといった、現代にも通じる氷菓の製造法も伝来し、アラビア語で飲むを意味する「シャバリ」が語源と言われる、フランスの「ソルベ」、英語の「シャーベット」といった氷菓もイタリアなどで作られはじめたのです。
現代欧風菓子の、小麦粉などの焼き菓子を主体としたパティスリー(Patisserie)、糖質が主体となった糖菓であるコンフィズリー(Confiserie)と氷菓であるグラス(Glace)といった大別は、中世の十字軍の東方遠征により図らずも育まれた文化交流によって成立していったとも考えられています。
