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中国の飲茶と点心

黄河文明期、紀元前3000年頃の仰韶文化期において石臼や杵が使用されており、穀類を砕いて加工し、調理する技術は中国でも古代から知られていました。しかし、粉食が中国食文化に浸透しはじめたのは、前漢武帝の時代、匈奴を挟撃するべく大月氏に使者として送られた張騫が、紀元前126年に小麦とその製粉技術を持ち帰ってからとされています。

北魏の末、500年頃の著作『斉民要術』には、粉食としての点心が詳細に記述されており、小麦を加工した「餅(ピン)」などの記述も見られますが、当時の製粉技術は石臼と杵であり、7世紀初頭から10世紀初頭に栄えた唐の時代、水車を使った大規模な製粉技術がもたらされて後、中国食文化が本格的に粉食主体となったと考えられているのです。

さらに、唐時代はイスラム帝国が勃興する時代と重なっており、世界交易の拠点でもあった長安にはペルシア人も頻繁に訪れています。長安の都にはドーナッツのような揚げ物である「環餅」や「油餅」などを売る店が並び、ペルシア風の食べ物「胡食」が流行しました。

精糖技術も伝わり甜点心は更に発展しました。茶を飲み、点心・小食を食べるいわゆる「飲茶」という食習慣が全国に普及したのも、唐の時代と考えられています。以降、元代には蒙古族の食習慣が取り入れられ、乳や酪といった素材を用いた甜点心が作られました。清代には1840年のアヘン戦争に前後して、ヨーロッパの菓子も流入しています。ビスケットは「餅乾」として普及し、ケーキは欧風菓子を意味する「西式点心」として区分されていたとのことです。

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